HOLY'S BLOG

カーテンを新調しました

先日カーテンを新調しました。

この間、編み物クラブも何度かありました。
馴染みの方ばかり、5年間掛かっていたカーテンが帆布からリネンに変わったのですけど、どなたも気付かれず、
部屋にすっかり馴染んでいるということで、この新調は成功と言えるのかもしれません。(笑)

カーテンは同じ物を新しく買い替えることも考えましたが、自分で作るなら、同じ位の金額で、リネン生地がカーテン分、買えました。

リネン製カーテンは、その倍の値段です。

ミシンもありますし、実家ではいつも母の作ったカーテンが掛かっていました。

アイロン部隊に母の登場願い、監督助言、カットと三つ折りまではバッチリでした。

それから縫い終わり掛け替えまで、他の用事もありながらの3日後でした。

えらい誤算でしたけど、(一日で仕上がる予定でした)
何でもやってみないと、上手にはならないので。

今の自分のミシンの自動糸調子機能が、まだ把握できません。それで随分縫い直しをしてしまいました。

あともう一組、大きなカーテンを作ったら、今度はすっきり上手く出来ると思います。(笑)

ベレー帽を編みながら道具のことを考えた

先日、シンプルなベレー帽を編みながら、その道具のことを考えていました。

毛糸代はさておき、使用する編み棒は、20代に900円位で買ったもの。
ベレーのポッチ(と言うらしい)は、祖母の使ってた2号針です。
編み棒が折れることはほとんどなく、失くしもしないです。

高価でなく、えらく長持ちの道具たち。


3号針で、この上なく目を詰めて編んでいます。


リブになるゴム編みは、メリハリを出して。


とじ針を使って一目ゴム編み留めをしています。
伸縮性のあるに縁に仕上がります。

自分がこれを仕事に出来たのは、道具代がほんの僅かだったことに、助けられたと思います。
私が今も使っているかぎ針は、物心ついた頃、親の真似をして初めて手にした時と同じかぎ針です。
編み針も最近のは、握りやすくラバーグリップの付いた物が販売されてます。
でも私のそれも、全く支障はないのです。

編み物は、もともと老いも若きも男女の差もなく、生きる糧を稼ぐための手仕事でした。
英国の産業革命以降、「手芸」とカテゴライズされてからその印象を変えられてしまったようで、
「手工芸」が「美術」と「工芸」に分類され、云々。

『大きな森の小さな家』シリーズには、定住を好まず旅を続けたインガルス一家の、最小限の荷物を幌馬車に積んで、住む土地を変え続けた様子が描かれています。
父さんやローラが自分の家を定めたのは、どちらも晩年になってから。

それに対し、ローラの夫となるアルマンゾは、『農場の少年』にて、大農場の次男坊で、
大きな二階建ての家には、母さんの機織り部屋があり、飼っている羊達の毛刈りも通年行事の一部で、外から人も雇ってその作業に従事します。

旅ばかりのローラの小さな家には、もちろん織り機はなく、編み物をし、母さんは器用に家族の服を手縫いします。

アランセーターで有名になったアラン島は、自然の厳しさ故、草木も生えず。
編み手達はかつて鳥の羽根の芯を使ってその仕事をしたそうです。
木が豊富な土地でなければ、織り機も作れません。
アラン島の人々が編み物を、海外に輸出するためのプロジェクトを果たしたのは、それが生きる糧だったからだそうです。

私はいつか、編み針を持って世界旅行をするのが密かな夢です。
その土地で、現地の毛糸を使って、伝統の技法を習いながら、ひとつずつ作品を仕上げていきたい。
出来れば寒い所ばかりが良く、羊の毛の温かさを編みたいのです。

クラブの方の手付きが鮮やかで♪

今日の編み物クラブにて♪

今日は、ちょっと写真撮れました!(笑)
4人のメンバーの方、みんなフェアアイルを編まれておられます。
お一人は写真撮れませんでした。やることがいっぱいで、間に合わず。(苦笑)
次回、また撮らせて頂けたらと思います。(^-^)/


彼女は、English knitting methodと言われると編み方で糸を送ります。?

ここでは一色の段で編まれていますが、二色でも右手の人差し指と中指で糸を送り出します。?


ベストの身頃は編み終わり、袖ぐりの目を拾われたところです。
4で割る目数に「整いました~♪」


鮮やかな手付きで、編まれていきます。

スーク最後の編み物クラブ

4月2日の土曜、八丁堀で30年続けて来られた紅茶屋さん「ピンカートンズスーク」が閉店なさいました。
3日日曜日は、スークでの最後の編み物クラブでした。

たくさんの方々から贈られたお花のテーブルで、いつものように編み物クラブが始まりました。

毎月第一日曜に出張編み物クラブとして、5年間お世話になりました。
もちろんその前から、ワークショップをさせて頂いたり、イベントに、友達と、お客様との打ち合わせにと、よく通いました。

5年間、早かったような気もしますが、それは結構長い時間で、クラブを続けさせて頂けた、それはすごいことと思うのです。

最初は参加人数も少なかったのが、おかげさまで段々メンバーも増えていきました。
スークに馴染みのお客様で、編み物クラブにも来てくださるようになられた方も多くて。
クラブの最中には、お茶に来られたお客さんが、クラブのみんなが座る大テーブルを覗かれて、「何ができるの~?」なんてやりとりも、しょっちゅうでした。

スークの店長と奥さんの、お客様への心配りを、心に留めておきたいと思ったことはしばしばで、
常に自分より先輩方のそばで、クラブをやらせて頂くことが、どんなに心に強かったか。
クラブが終わってからのおしゃべりの、それは楽しかったこと。

スークの店長と奥さん、お店は閉められますが次の展開をなさること、楽しみにしているので、決して寂しい思いに浸っている訳ではないのですが。
今はまだ、うまく言葉にできません。

ご連絡
第一日曜の編み物クラブは、しばらく西区三篠町の私の仕事部屋で、行います。
お問い合わせは、HOLY’S ホームページの「CONTACT」より、ご連絡ください。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。

革ボタングローブ

昨日のお渡しのこと。

オーダー会の時に、私のファイルから、この手袋を気に入って頂きました

この手袋とキャスケット帽に使ったボタンは、ツーピースの共生地で作られたボタンだと思われます。
(母のボタンストックから、貰ったもの)
同じボタンはないので、私のボタンストックの中から、好きなボタンを選んで頂きました。

紺色がお好きとのこと、すでにオーダーされる手袋も「紺系で」と決まっていました。
ボタンをあれこれと出している内、「このボタンに一目惚れです」と選ばれました。

そうなると話は早く、幾つも有る紺系の糸の中から、このボタンを引き立てるベースとパイピングになる色糸を選びました。

このボタンは革で出来ていて、西区大芝にある「メルスリーヒゲ」で、買ったものです。
フランスか?ヨーロッパの古いボタンで、付ける洋服に合わせて染められたのかもしれません。

メルスリーヒゲでは、2009年に、この手袋のようにボタンから考えたニットの企画展を、やらせて頂きました。
たくさんの古い輸入ボタンから、気になるボタンを選び、そのボタンを引き立てる手袋や、帽子を作ったのです。

指人形ウルフ達も、このお客様の元へ。(残りのウルフ達は、うちにいます)

彼女はマニッシュな雰囲気が似合う方で、パンツスタイルが決まるのです。
今日は、襟なし細身のスプリングコートを着ておられました。
メンズ服販売のお仕事をされています。
レディースよりメンズファッションが好きな自分なので、そのお仕事に興味深々です。

革ボタンには、年に一度位、靴クリームを薄く塗ってくださいと、お願いしました。

1 136 137 138 139 140 141 142 143 144 185
1 136 137 138 139 140 141 142 143 144 185