HOLY’S creators note vol.1 in Phil books

HOLY’S creators note vol.1
ーすべては手袋からはじまったー
creators note EXHIBITION
2026年2月7日(土)– 2月15日(日)
11:00〜17:00
※2/9.10が休み
会場:Phil books(徳島)
creators note WS
2026年2月7日(土)13:00–16:00
HOLY’S creators note は、
手仕事の軌跡と思考の過程を、展示と対話を通して共有する企画です。
vol.1「すべては手袋からはじまった」では、
手袋を起点に、フェアアイルへと至る私の仕事の流れを辿ります。
完成した作品だけでなく、
試し編みや思考の痕跡も含め、
なぜそれが仕事となり、書籍へとつながっていったのか。
その過程そのものを、展示としてご覧いただけます。
creators note EXHIBITION(展示)
会期中は、どなたでもご覧いただける企画展示として、
手袋、フェアアイルの試し編み、関連資料などを展示します。
拙著『手袋と街』につながる手袋と、
フェアアイルへと向かう試行の時間が、今回の展示の主軸です。
※展示のご観覧は無料です。
creators note WS(ワークショップ)
HOLY’S creators note WS は、
ものを作らないワークショップです。
展示を背景に、
これまでの仕事を振り返りながら、
なぜ今のクリエイションに辿り着いたのかをお話しします。
WSは4部構成です
- 第1部|導入
- 第2部|コーヒーとの時間
- 第3部|シェアの時間
- 第4部|実演
WS開催概要
- 日時:2026年2月7日(土)13:00–16:00
(30分前より入場可) - 参加費:10,000円(コーヒー付き)
- 編み物の経験は問いません
- 参加費は当日受付にてお支払いください
展示・販売について
2月7日(土)〜2月15日(日)
11:00〜17:00
※2/9.10が休み
展示に加え、HOLY’Sの書籍、関連本、ゴフスタイン絵本、オリジナルTシャツやバッグを販売いたします。
また、MOUNT COFFEEさんによるHOLY’Sニットをイメージしたオリジナルブレンドもご用意いただきます。
WSお申し込み方法
HOLY’S HP → work shop「お申し込みフォーム」より、
「2月7日 Phil books」 と明記のうえ、
お名前・電話番号・参加人数をご記入ください。
(曜日やコースは、そのままで大丈夫です)
場所 : 〒779-3610徳島県美馬市脇町大字脇町156うだつ上がる
mail : philbooks1@gmail.com
※Phil booksの交通アクセスについては
Phil books のinstagramのDM、メールにて、お問い合わせください。
※展示のみのご来場は、お申し込み不要です。
※『働くセーター』写真展 同時開催
写真家・吉森慎之介さんによる
「働くセーター」写真展も併せてご覧いただけます。
みなさまにお会いできること、心より楽しみにしております。

いにしえの編み手との語らい

もうひとつ、新しく出来た手袋をお送りしました。
膨らみのある、少しだけ大きめの手の方へ。
またひとつ、サンカ手袋における
新しいパターンの置き方、
目を増やし方の構成に出会いました。
いにしえの編み手の作品が
写真だけで残っていて、
この要素とこの要素を加えたら、
あの方の手にぴたりと合うだろう。
私はその写真の中の手袋の、
名前もなく
会ったこともない編み手の方と
対話している気持ちになります。
「独創性の先に見える光のようなもの」
ルールに乗っ取りながらも、
編み手ひとりひとりの
創意と工夫が
ちゃんと、ひとつずつに現れている。
感謝と尊敬を、あらためて。
I have sent out another newly finished pair of gloves.
For hands that are slightly fuller,
just a little larger in shape.
With this pair,
I came across a new way of placing the pattern
and structuring the increases
within the Sanquhar gloves.
There are old knitters’ works
that remain only in photographs.
Looking at them, I think—
if I combine this element with that one,
it would fit that person’s hand perfectly.
I feel as though
I am in conversation
with the unnamed knitter
whose gloves appear in those photographs,
someone I have never met.
“Something like a light
that lies beyond originality.”
Even while following strict rules,
each knitter’s ingenuity and creativity
emerges,
clearly and distinctly, in every single pair.
With renewed gratitude and respect.
1月2日、朝

私たちの街にも雪が降りました
ありふれた光景
一瞬と同じ景色を
とどめておけない儚さがあって

雪国のそれと比べると
淡い夢に過ぎないほど

Snow fell
in our town as well.
An ordinary sight.
Compared to the snow
in places further north,
it feels
almost unreal.

お花屋さん、最後の営業日
近所にある大好きな花屋さんが、今年中をもってお店を終えられると知ったのは、12月初旬、仏花を買いに寄った日のことだった。
花を包んでもらいレジが終わると、奥さまから1枚のポストカードが差し出され「今年いっぱいで、店を閉めることになりました」と告げられた。
それまで言いはしなかったのだが、その店のショップカードは、私の友人でもあるイラストレーターの手によるもので、差し出されたポストカードも彼女が手がけたものと、すぐにわかった。
その店のことは、最近ここでも書いたばかりだった。
事前に予約する祝い花なら、花屋の友人に依頼し、不意に花を持参したい時には、この店に大抵寄っていた。
いつもこの店のセレクトが自分の好みとピタリと合っており、季節の山野草も並んでいたので、店を出る頃には、予想以上に満ち足りた気分になった。不意であっても、いつも友人に贈る花を本当に気に入って、鼻高々な気持ちで持参した。
自宅の仏花は、ごく近所のスーパーで食料調達のついでに購入していた。
この花屋さんで購入しても、その時に好きなひと枝を買い求めるならば金額の大差はなく、ほんの少しだけ足を伸ばすだけなのだからと、もう仏花もこれからはここで買おうと心に決めた頃だった。その方がよほどか心が満たされる。
そんな矢先だった。
店先で、私はひどく落胆したが、そもそもその店の上客でもないので、感情を飲み込んで、その日は店を後にした。
店じまいを前に、なんとかもう一度、訪れたい。
この間、来訪の友人からいただいた花もあり、途切れなかったのだが、どうしても気になった。
先週、自転車を走らせると、その日はあいにく定休日だった。花の受け渡しのために、宅配便のやり取りをちょうどしておられるようで、店には灯りも付いていた。
ドアの「ご予約のお客さまが立て込んでいるため、お待たせするかもしれません」という張り紙を読んだ。
やはり、通い詰めたお客さまがたくさんおられて閉店を前に、その店のアレンジを求めたい方の対応に追われているのだ。
「今年いっぱい」が胸に引っかかる。
私自身は、年明けの新しい企画の準備に慌ただしくしていた。
やっとうちでしっかり仕事ができる、という昨日、ふとその店を検索してみたら、営業は今日まで、とのことだった。
30年場所を変えながら、続けられたその花屋さんは、SNSの更新は控えめで、でも常に同じ温度で言葉少なく、淡々と投稿が並んでいた。
店じまいをお知らせするポストには、私の友人も、コメントを寄せているのが目に入る。
私は、また自転車に乗った。
もう花は、終わっているかもしれない。買えなくても良い。
行かなかった自分を後悔すると思ったからだ。
店の前に着くと、ご近所と思われる女性が、自宅用の花をちょうど手にして店を去るところだった。
店内には、お友達と思われる女性が数人、おしゃべりをしておられる。
この静かな佇まいに、はじめて見る光景だった。
奥のガラスケースは、すっかり花がなくなっており、予約と思われるアレンジメントがひとつだけ、注文主を待つかのように準備されている。
手前の季節の花のコーナーに、少しずつだが、お花が残っていた。
お店を入る前に、私は財布の中身を確認していた。珍しくちゃんと入ってる。
この光景を目に焼き付けるように、私は丹念に花のひとつひとつを眺める。
いつもは寡黙なご主人が今日は心なしか、穏やかに対応してくださる。
店を終うことに、安堵の気持ちがあられるのかもしれない。
私は気になるお花や緑のものをいくつか思うままに、ひと枝ずつ選んだ。
ご主人がいつものように手早くまとめてくださり、枝先にお水を含んだペーパーとビニルを巻き、白い紙で包んでくださる。
「ありがとうございます」の後、
「良いお客さんではなかったけれど、本当に好きでした」とだけ、私は、おふたりを見ながら口にしていた。




クリスマスは終わっていた

あっと思った今朝は、12月27日だった。
クリスマスは、とっくの数日前に終わっており、年末の慌ただしさに突入している。
やり残した「今年中にやっておきたい」を詰め込む数日間がはじまるのだ。
個人的には、クリスマス・イブの24日より、冬至の22日の方がテンションが上がる。
1年のうち、夜中が1番長い日。
もし夜なか中、ダンスを踊るとしたら、1番長い時間、踊り続けることができるのだ。
トーベ・ヤンソンが好きだから、『ムーミン谷の冬』の刷り込みが強いのかもしれない。
今年は特に、12月に出張が続いた。
どれも充実した胸に残る、小さな旅の連続だった。仕事と言えるのだろうか。
次につながる予感のする出会いに満ちていた。
すでに私の、神様からのプレゼントは、もう充分すぎるほどもらっていたので、クリスマスなんてうっかりだったのだ。
それに24日は、久しぶりの友人がうちに来てくれて、お茶を共にした。
彼女とは、仕事とも関係なく、職業も全く違っている。彼女は声楽家で、自分が通う近所のスーパーで出会った。
彼女との対話が、とても充実していたから、胸の中がすっかり満ちていた。

その数日前には、毎年恒例の35年来の悪友くるりんこと高橋克嘉くんより、今年も「2025年よく聴いた曲」リストが届いた。
このやりとりが、もう思い出せないくらい続いているのだ。
こんなことが、今年の私の12月だ。
人から見たら、取るに足らないささやかな出来事の連なりかもしれない。