オートミールクッキーだけは
11月某日
用事があり電車へ遠出。
珈琲豆焙煎の店で、オートミールクッキーキャロブ入りを自分のお土産にした。
こんなクッキーを作れるようになりたいと思ったのだ。
オートミールクッキーは、いつだって作ってみたかった。
うちの天火オーブンには、天板が一枚ずつしか入れられないから、編み物クラブのおやつにするには、効率が悪く、時間ばかりかかるから、作りそびれていのだ。
母へのお土産は、銘菓文部大臣賞最中。
12月某日
カーディガンのオーダー頂いてる小鳥ちゃんを、デザイン打ち合わせのため急遽お招きする。
タイミングあったので。
買い物途中、コーヒーが飲める食料品屋で、オートミールクッキーを小鳥ちゃんとのお茶受けに買う。
いつかおいしいオートミールクッキーが作りたいのだ。
打ち合わせが終わり、ちょっとそこまで小鳥ちゃんを見送り、帰って来ると私の皿に乗っていたはずのオートミールクッキーも、残り一枚ビニル袋に入ってるはずのオートミールクッキーも、全部消えていた。
ない、私のオートミールクッキー。
夕飯前、お腹を空かせた母が全部食べちゃった。
2枚で250円もしたんだぞ。
母さん、4枚中3枚も食べたんだぞ。
「また買いんさい。お金あげるけえ」
自分のためにだけなんか買えるもんか。
お皿に残ってたから、いらないんだって思ったんだって。
母さんには、最初にあげたのに。
私が打ち合わせしながら、食べられる訳ないじゃないか。集中してんだぞ。
オートミールクッキーを楽しみに帰って来たんじゃないか。
こんな時、ジェームス・ブラウンになるんだな。
JBもさぞかし悔しかったんだろうなぁ。
夕飯を終え、気分を変えようと来客用のケーキを焼くもまた思い出すあの口にできなかったサクサクを。
12月某日
オートミールを買った。
オートミールクッキーは自分で作ろう。
私の理想のオートミールクッキーを。
オートミールクッキーと、編み物だけの人になる。
12月某日
1度目。
ちょうどその日、友達がうちに寄ってくれたので、珈琲も淹れて一緒に味見。
明日の編み物クラブにも。
12月某日

2度目。
クッキー生地は、焼くと平らになるので、今度はドロップしてもペタペタ押さえずに焼いてみた。
平らになってるけど、厚みはあるなぁ。
明日の編み物クラブ用と、その翌日、何年かぶりに会う年上の友達のうちにお呼ばれする。
これだけ、たんまり持って行こう。
母にももちろん。
12月某日
クッキーは、中が少し生っぽかった。
カントリーマアム風と聞こえはいいが、オートミールクッキーは、バリっとしてなくちゃ。
友達のうちでは、レンジにかけてパリッとさせた。
やはり生地は押さえなくちゃだ。
厚みがあるまんまだとな。
12月某日
オートミールクッキーのことを考える。
バター、茶色の砂糖、卵、小麦粉、ベーキングパウダー、オートミール、チョコチップ。
これだけで充分なオートミールクッキーになるけど、自分は生姜の効いたクッキーが好きなんだった。
次のオートミールクッキーは、生姜を入れよう。
パウダーなら楽チン。
生なら、蜂蜜で少し煮詰めなくちゃな。
フルーツケーキ
フルーツケーキを焼きました。

明後日の編み物クラブで、お出しします。
今年最後のクラブです。
先日の水曜の部は、膨らんだ上のところに生焼けを残してしまいました。
生地の分量が型に対して多かったようです。
計算はしたのですが、ドライフルーツが少し多かったかなぁ。
型より量が少なめがちょうど良いと、学習しました。
いや、火が強かったのかもしれない。
水曜のみなさんには申し訳ない。
大概のことは、1度目にうまくいくと、2度目で失敗し、最初でダメなら次でうまくいくのですけど、3度目はないも同然。
続けてうまくいった試しなど。
フルーツケーキだけは、それでも毎年焼いてるかと思うけど、
ちゃんと焼けたことありましたかね。
編み物クラブ共々、今年もお付き合いありがとうございます。
来年は無理でもいつかは自家製でと、柚子と金柑の苗木を植えました。
シトロンじゃないけどピールが作れます。
あと、胡桃かピーカンナッツを植えたいのですが、大きな木になっても困るしと、迷っています。
ただの夢見がちな初心者です。
カポーティは、子供の頃、スックという年の離れた従姉妹と、
毎年30個ものフルーツケーキを焼き、遠く離れた友人や、自分たちがお気に入りの相手に送りました。

「フルーツケーキの季節が来たよ!」
その中で、「泡立て器がぐるぐる回転し、スプーンがバターと砂糖を入れたボウルをかきまわし、ヴァニラが甘い香りを漂わせ・・・」という下りがあります。
友達のうちに回転式の手動ミキサーがあって、二人が使ったのは、きっとこんなミキサーだと貸してもらい、ケーキを焼こうとした時、心からウキウキしました。
やってみるとギアチェンジがあるわけでなく、2倍力の歯車は、電動に慣れてしまった怠け者には、到底気の遠くなる仕事でした。
あの二人はどこまでバターをフワフワにしたのだろう。
若い頃、長患いしたであろうスックの右腕だけは、たくましかったに違いないと思うのです。
アニエス・ヴァルダに魅せられて
『落穂拾い』を観て彼女を知ったのだが、そのタイトルで落ちてしまった。

ミレーの『落穂拾い』は、大きな鎌でザクザク刈り取られた後、その束から零れ落ちた麦穂を集め、蓄えとする小作民をモデルに描いた。
故に、とりわけ庶民に愛し愛された画家であり、その落穂拾いの行為は、大地主も認めていたと言う。
現代の『落穂拾い』は、出されたゴミの中から、まだ食べられる食べ物、
収穫された規格外の野菜の破棄された山の中から、食料を調達する人々を描いている、ドキュメンタリーだ。
決してエコを歌うのではなく、軽やかにヴァルダの視線の動きがそのまま映像となって流れるので、すぐそばの友達の遊びに眺めている感覚だ。
例えば、規格外のジャガイモは、なんてキュートなんだろう、とか。
スーパーのビカビカしたパッケージだらけの食品を買うことが、本当の幸せなのか。
大量消費を小馬鹿にしたような映像も、小気味よかった。
映画館で、2度ほど観ている。
ヴァルダの作品は他にも観ているが、映画が趣味とは言えない自分は、うる覚えだ。
今日観たのは、その夫の少年時代を描いた『ジャック・ドゥミの少年期』

小さな映写機を借りたことから、映像を作ることにのめり込んでいく少年の成長が、その時代と共に描かれている。
対象の一箇所をアップで長回しのシーンなど、「そうそう」とうなづいた。彼女の映像によくあるからだ。
語れるほどの言葉もないので、これ以上のことはないが、長回しが嫌じゃなかったり、出てくる人物に好感を持ってしまうところが、私に取って彼女の映画は、心が落ち着く。
老人がかつて子供だったように、私達がいつでも無邪気になれることを、お尻の下から後押ししてくれるのだ。
ヴァルダの作品なら、全て観たい。
ジャック・ドゥミの映画が、フランス映画におけるヌーヴェル・ヴァーグ時代と呼ばれていると、一致したのは今日だった。
そもそもヌーベルバーグがわからないけど、何作か観ていた。『シェルブールの雨傘』など。
20代、弐番館の映画館で、1300円2本立てを、晩ご飯の時間もお金も削り、貪るように観ていた。
今、なんの糧になってるかわからないけど、『落穂拾い』だけは、影響を受けている。
デザインニットではなく、労働するためのニットを作りたい。
ワーキングクラスヒーローのためのオートクチュールだ。
ジャック・ドゥミも、父は自動車整備工場、母はガソリンスタンドと美容院を掛け持ちする家で生まれ、父親から勧められた進路は職業訓練校だった。
ヘチマカラーのカーディガン
今日がその持ち主となる方のお誕生日で、きっとご家族から今夜贈られたであろう、
男性LLサイズのカーディガン。
クライアントをお迎えになる事務所でも着られるように、
襟元にタイを締めれば、キチンとした印象も作れるカーディガンを、とのオーダーでした。
色は、Adminal navy、海軍の紺色です。
今日までのサプライズですから、私の服と合わせてみるしか仕様がありません。
持ってる中で一番高かった靴と合わせてみました。


ポケットは縦口です。

パターンを切らず大人っぽく、使いやすいポケットをと考えました。
ボタンは、ジャケットに使うようなメタルボタンの大き目が付いてます。幅広な前立ても、ダブル仕立てにはせず、着やすく仕立てました。

袖口は、ゴム編み長めです。


70才になられる記念のお誕生日です。
いつか着ておられる時にお会い出来ると思います。
枕元には
私が外出をした日は、昼寝をしても、母は待つことにくたびれ果てるのか、夜は早く寝たがる。
私にはやることがあり、早々母にと風呂を沸かし、一度潜り込んだ布団から、「お願いだから」と入るよう促し、そしてまた母は寝た。
小一時間も立たずに、コロコロと間の戸が開いたので振り返ると、母がお風呂用の白いゴム靴を持って出てきた。
「枕元にあった」と言いながら、トイレに行きがてらお風呂靴を戻していた。
クリスマスは近いけど、お風呂靴じゃ、
おやつも入られないよ。
最近ケンカばかりしており、
二人で笑ったのは久しぶりだった。
私が出掛けて一人になると、寂しいうさぎになるのか。
言われると母はうさぎ年だが、いつもお腹を空かせ、たくましい。
今の部屋は窓が多く、何か掛けられる壁は少ない。
今年の年末は、土手で摘んだ野ばらの枝でいいではないか。
先日、自分の作った物を見てもらっている友人作の一輪挿しで、悦に入っている。
小さなハウスが並べば、温かな家の想像が膨らむ。
『大草原の‥』の学校にもなってた教会にも似てやしないか。
