HOLY'S BLOG

私が学生寮で学んだこと

いつか、いつか書けたらと思っていたことが、やっと文章としてまとまりはじめました。決してうまくはありません。
あの貴重な一年は、今の私を形作っています。

編み物が仕事になる以前のことだけど、あの頃の日々が今に繋がっているような気がするんです。

 

90年代のある1年を、私は某大学の学生寮受付のバイトで暮らした。
かかってくる寮生への電話の取り継ぎ、郵便物の仕分け、面会に来られた方の寮生への呼び出しが、仕事だった。

寮生が200人もいるってわかってたら、やってなかったかもしれない。
友人から引き継いだバイトは、寮の食堂でお昼ご飯が賄われることと、電話番の間、本を読んでもいてもいいと聞いたから。時給より手堅さを選んだ。

積極的に人に関わっていくタイプではなかったけど、否応なく接点は生まれる。
同年代でありながら、全く別の境遇にある彼らの生活を目の当たりにするのはカルチャーショックだったし、別世界を見ているようだった。

世の中は、ショルダーバックのような携帯電話をお金持ちの大人が使いはじめる頃で、若者にとってはまだまだ高嶺の花だった。そんな個人電話に切り替わる前の「取り継ぐ」受付の仕事と、寮生とのやりとりは、今でも思い出深い。
そのひとつひとつを、取り出してみようと思う。

 

「私が学生寮で学んだこと」は、当時、私が愛読していた鎌田慧さんの著書「ぼくが世の中に学んだこと」(ちくま文庫)を文字っています。
添付する写真が基本的にないので、ここで書いていこうと思います。毎週金曜更新予定。飛ばしたらすみません。。

母の腕時計

友達と珈琲屋さんでミックスサンドを頬張っていると、コトリと何か落ちる音がしました。
私が付けていた母の腕時計でした。時計とバンドを繋ぐ金具が割れたのです。
文字盤が小さく、母は老眼が進むと、もう少し大きな文字盤の時計を使っていました。

若い母がその腕時計をつける時、それはお出かけの時で、自分で作ったツーピースを着て、いそいそしながらも華奢な腕時計を器用につける姿を見ることは、子供の私は好きでした。きれいだなぁとすら思っていました。
いよいよ引き出しに仕舞われぱっなしとなった時、私がつけることにしたのです。

友達と「ここで落ちて良かったよね」なんて言いながら腕時計を拾い上げ、知ってる修理店を言い合いました。

私は以前、祖母の腕時計の分解掃除をお願いした時計店に持っていきました。
店員さんに「アンティークですか?(ルーペを覗きながら)CHANELですね。」なんて言われて、
ええ、確かにそう書いてあるけど、ロロ・シャネルとかじゃないですか?なんて心の中で呟いていました。

どうやらあのCHANELらしい。

数日経って修理を受け取ると、少しシャッキリとしたCHANELが帰ってきました。
一介の仕立て屋娘が出来高制のお給料で、CHANELが買えるかしら。
勤め先で社割?
それとも、父からのプレゼント?

今では、私がこの腕時計をつける瞬間が好きになっています。手首をくるっとひっくり返し、小さな留め金に反対側のリングを引っ掛けパチンと留める。小さな鎖が揺れる。
そんなことで、少し背筋が伸びるんです。

RENREN COFFEEと

 

昨年亡くなった友達のお墓参りに、共通の友達を誘って、一緒に行った。

彼には、その友達の死を初めて知らせることになってしまった。

彼も一昨年、ご両親を4日違いで亡くされている。あまりに突然のことで、最近やっとご両親のためのお墓を選び、納骨したばかりだと言う。

私たちは、彼のご両親のお墓参りと、友達のお墓参りをツアーしたのだ。

彼は、ご両親の納骨に、お坊さんは呼ばず、自分で墓石を持ち上げ、二つのお骨を入れたという。形式より、何が一番ご両親にとって喜ばれるかを考えたんだと話してくれた。

 

友達のお墓に移動して「ここだよ」と指差すと、彼は友達のお骨が入っている扉に手を当てた。しばらくそのままでいる。

私たちが「スピリチュアル」を口にしたことはないけれど、まるで何か感じ取るかのように。

彼のその姿には、見覚えがあった。

 

彼は、広島産の木を削り、使い心地の良い椅子や家具を作っている。

彼の作るアームに触れると、彼の仕事がそのまま伝わる。

帰りに、府中にある珈琲屋さんへも連れてってもらった。特性サンドのオムレツが少し甘めで、マスタードと塩気の効いたハムと合わさる。濃いめのコーヒーもおいしい。

よく噛んで味わい、名残惜しく、最後のひと切れを見せ合いながら、食べ終わった。

 

 

ピースオーブンのこと

ピースオーブンについて、書いてみます。

こんなに古い道具が今でも現役で使えるのは、これが2台目だからです。
母が1台目を使い続け、焦げて塗装もハゲハゲになった頃、近所のリサイクル屋で新品のコレを見つけてたそうなんです。私が中学か高校の頃。

そのうち実家にも電子レンジが導入され、新しいピースオーブンの出番は少なくなりました。それでも大切に持っていて、私がこの仕事で独立した時、引越し屋さんのトラックとは別に、ガラガラと引っ張るカートに、しかと梱包したピースオーブンを自分で小さなマンションに運び入れました。

ピースオーブンを乗せる今のガスコンロとは、4年目の付き合いになります。
先代のガスコンロは、旧式の安全装置のついてないものでしたので、ピースオーブンの予熱はしっかりとできました。狭いマンションでは、その台所で暖が取れるほど、あたたかくなりました。

ガスコンロはいつも、いただきものです。
今使っているガスコンロも、先代が調子悪くなった頃、ひょいと友達のお姉さんからいただきました。
性能の良いガスコンロには、使い勝手の分からないところがあり、高温調理のためのロック解除で、ピースオーブンの予熱から焼きへと流れるように焼けると思いきや、
私は随分長いこと、ロック解除をした際、温度設定もせねばならぬと思い込み、1番高い(200度)に設定していました。
十分なはずの予熱後でも、いつまで経っても焼き上がりません。
(200度)設定では、ピースオーブン内の温度は上がりきらないのですね。
焼きプリンなんて、1時間以上オーブンの中に入れていました。クッキーの回転率だって悪いこと。

パウンドケーキやバナナケーキも、長めの時間で焼いていました。
ピースオーブンだと、やっぱりガスの直火なので、パリっと焼けるからです。

最近ふとしたことで、ロック解除後に温度設定せずに火力レバーを右に振り切った状態で、ガンガンいけることがわかりました。
センサーがあるため、時折、大から小へ、また大へと大火はふせぎなから、火を燃し続けてくれます。

するとケーキは、指定期間内で焼け、クッキーの回転率は良くなりました。スコーンなんて下火が効きすぎて黒焦げするほどです。

「なんだ、そうだったの」4年目ガスコンロに呟きます。
ピースオーブンと安全装置付きのガスコンロは、名コンビとなりました。

まるで友達のようだなと思いました。
出会ってから、それなりにうまくやってるつもりでいたけど、何年も経ってから「えっ、そうだったの?」って、グッと仲良くなれるケース。
高スペックだとは知ってたけどさ。
それからの友達の方が、のびのびと前より魅力的に見えてきて。

大人になってからできた友達にも、ずいぶん許され、甘えてきたような気がします。
いつか恩返しができるといいなぁ。

あ、ピースオーブンのお話でした。

 

編み物クラブのこと

編み物クラブのことについて、ちょっと書いてみます。

はじめたのは、食べていくためです。

私は自分が作ってないと保てないので、「教える」をメインにできないんです。

でも製作のみで稼げる金額は限られます。ない時だってあります。

ひと月に5日間、編み物クラブを開講しました。

編み物をする人が、開講日それ以上に集まるとも思えませんでした。

おかげさまで、ちょうど良い人数で、ここ数年保たれています。

もちろん溢れる時もあります。

でも、私は作る時間を死守します。

空いてる時もありますしね。水物です。

「クラブ」と呼ぶのは、当初自分に自信がなかったからです。受講料はいただくので矛盾してますが、教室と言えるほどの、、。私は無免許ですし。得手不得手も承知しているので。

最近は、それで良かったと思っています。この場所が、あんまり教室らしくなくて、来てくださるメンバーの顔ぶれで、その日の雰囲気が変わりますし、

昨日も、私でカバーしきれない初めての方を、隣に座った先輩が導いてくださったから。

メンバーは移り変わります。

それがいいと思っています。

来られなくなった方への寂しさを、感じない訳ではないけれど、私は、私がいなければ進められない編み物を、教えてるつもりはなく、

私が学んだように、自分の力になる技術としてお伝えしたいと思っています。

なので、いつでも独立していただきたい。

そして、人生は移り変わっていきます。

ここに通える時間と、編み物に集中できる時間を持て得る「時」と、他に忙殺される日々と。

それは「家族の勤め」や「自分の病を癒す」「仕事に精を出さざるを得ない」。

でもその方にとっての編み物よりも仕事がライフワークならば、そうあっていただきたい。

人として、私がどんなにその方に惹かれていても、私が関われるのは、この場所なので。

敬愛するカワムラタマミさんのTwitterを見ていたら、

「差し出そうとした手をハッとひっこめる。・・・一方的に差し伸ばしているのではないかしら。自分の思い込みで、相手の物語を勝手に作り上げていないかしら」

と。

ああ、そうだと思うんです。

そんな感じです。

だから、いつでもお待ちしています。

1 27 28 29 30 31 32 33 34 35 202
1 27 28 29 30 31 32 33 34 35 202