3月最初の編み物クラブ
3月第1日曜の編み物クラブ、楽しく終わりました♪
うさぎ、セーター、靴下を編む手と、靴下を直す手です。
マーメイドは人魚色🧜♂️
タッセルの付いた靴下は、室内履き使用。
かかとの穴を塞いで、薄くなったところはメリヤス刺繍を重ねてね。
来年の冬にも使えますように。
お疲れ様でした!
古本と珈琲 楢
THE ABSENCE OF TWO
写真家、吉田亮人(あきひと)さんを知ったのは、2月、READAN DEATのトークイベントのお知らせで、写真は門外漢なのに、そのテーマに目が離せなくなった。
吉田さんは、ご自分のお祖母様と、従兄弟であたる大輝くんとの仲睦まじい生活を写真に収め、その終焉はお祖母様の死によって迎えられるものと当たり前のように思っておられた。
突然の大樹くんの失踪、一年後の発見は自死の姿で見つかった大輝くんは、遺書も残さず森の中で亡くなっていた。
真実はお祖母様も知ることとなり、残されたお祖母様はその一年8ヶ月後、天寿を全うし、眠るように亡くなる。
大輝くんが何を持って死を選んだかはわからない。
名もなき二人の生きた証が、この写真集に溢れている。
私には楽園のように思えた。
当初私は、このトークイベントが見逃せないのは、母に優しくできない自分を戒めたいのかと疑っていた。
そしてこの写真集を持ち帰ることは、亡くなった人の骨を預かるに値するように思え、家族ならともかく、持ちこたえられないと思っていた。
吉田さんの写真集を作るまでの工程、この被写体のお二人と、クリエーターとのやりとりに、物を作ることは、細部に渡り、ありったけの気持ちを込められると教わった。
今、手元に置いたこの写真集に、力強さを感じている。
誰かを大切に思う気持ちは、亡くなった人への悲しみをも超えて、胸の中を温めるのかもしれない。
吉田さんのあとがきの最後は、湖の水面のよう。
3月1日
今日は、午前中のうちに済まそうと、いくつかの用事を持って出掛けました。
今朝はうちでクサクサしてしまったし、
うまくいくことと、いかないことと、
もう一度午後に出直さなきゃ。
その前にスーパーに寄っておこうと、
足早に路地を曲がったところで、馴染みある車が向こうからやって来ました。
家具を作ってる友達の車です。
「ちょうどよかったわ〜」と車の窓から差し出された雑誌には、友達の作る椅子が載ってるそうです。
何もない日に、神さまはいるんだなぁと思いました。
スーパーで、鯛のアラと小イワシを買いました。
うちで母が待ってるので、さっさと帰ったけど、母はお腹が空いたからと、すでにある物で食べてました。
鯛のアラで潮汁を作ると、母はそれも美味しそうに食べました。
小イワシのしごを手伝ってもらい、オイルサーディンにして保存しようと試みました。
オイルサーディンを作るために持ってるような鍋だと喜びました。
出来上がってみると、水分が抜けて、保存するための油にすら浸からない状態でした。
またいくつかの用事を持って出掛け、最後に郵便局まで済ませると、うちの向かいに住むおじさんもちょうど用事を終えられたところでした。
「一緒に帰ろう」と乗って来られたはずの自転車を押し、歩き始めるおじさんは、途中、知り合いの緑のおばさんに会うと、「フレンドです」と私を紹介してくださいました。
うちに帰ると入れ違いざまに、「散歩に行く」と母が出掛けました。
私はメールの返信などをして仕事をしましたが、母は1時間経っても帰って来ません。
ナビで検索してみると、結構遠くまで行ってるようなのです。
電話をすると、「今から帰る」と言い、橋の名前が合ってるので、私はうちで待ってることにしました。
ナビで追っていると、母は順調ににうちに向かい、それから30分後、帰って来るなりトイレに駆け込みました。
今日は予定ほど仕事は進まず、先の手抜きのためのオイルサーディンは保存食にならず、何度もうちを出たり入ったりしたけども、
一日を終わろうとする今、穏やかな心持ちとなっています。
実のない一日も、日々の慌ただしさを沈め、明日のワクワクに繋がるのかもしれません。
今日から3月。
見えない何かを信じてみたくなりました。
















