HOLY'S BLOG

Oさんのこと(私が学生寮で学んだことvol.11)

Oさんは四年生で、研究職を約束された人で、就職活動をしていなかった。
痩せてて顎が尖っていて、度の強いメガネをかけ、いつもゆっくりと歩く。
部屋のドアに、アニメキャラクターであろう女の子の特大ポスターが貼られてあり、彼は自他とも認める「オタク」であり、研究については一目置かれてようだ。

 

私が受付で本を読んでいると、彼がおすすめというライトノベルズを持ってきた。おもしろいからと言うので借りたのだが、私はあっさり、その日の帰りの電車の中で読み終わってしまい、次の日、なんとも感想が返せなかった。高校生の男女の恋愛小説だったと思う。

また別の日、私が稲垣足穂を読んでいると「きっとこれも好きだろう」と室生犀星を持ってきた。「蜜のあわれ」だったと思う。老作家と金魚の女の子のお話しで、内容より室生犀星の口語体の美しさに、その後も読み続ける作家となる。

 

私が背中まであった髪を切り、あまり気に入らないまま、外はねにスタイリングして行くと、何かのキャラに似ているとかで、Oさんだけがえらく褒めてくれた。

 

 

誰もいない午後にフラッと受付に来て、私の隣の椅子に深く座った。落ち着きがあり、緊張させない人。
何を話す訳でもなく、ぽつりぽつりと言葉を交わした。

ふと私が「ここでバイトをはじめて、自分が何も知らないことがよくわかった」と話すと、Oさんがそれは「無知の知」だと教えてくれた。
自分がわからないことを知ることと、わからないことを知らないのでは、大きく違い、無知を知ることはいいことだと言う。

 

Oさんは立ち上がると、座った椅子を丁寧に机の下に収めた。
実は、それをする人は珍しく、寮生にとってここは生活の場だからと、私は自分を納得させながら、歩く人の邪魔になるから、いつもすぐ椅子を収めていた。
私が思わず「ここで椅子を納めた人は、Oさんがはじめて」と言うと、

「当たり前のことです。」と笑って出ていった。

Oさんは時々、白衣を着て歩いた。

私がいつかOさんに「どんな研究をしているの?」を訪ねると「試験管に薬品を混ぜ合わせて‥」と教えてくれたのだけれど、私にはOさんの話す内容がさっぱりわからず、気が遠くなるだけだった。

 

今朝、Oさんのことを思い出すと、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」が頭に浮かぶ。優れた研究者は、すばらしい文学者でもある。Oさんなら、老技師とブドリの行いについて、解説してくれるんじゃないかな。