HOLY'S BLOG

ワタナベ君のこと(私が学生寮で学んだことvol.10)

 

寮に「ワタナベくん」は何人もいたけど、今日はあのワタナベ君の話をしよう。

ある朝、受付の始業時間になるかならないかで、電話のベルが鳴った。
出たかと思ったら、もうひとつの電話も鳴りはじめる。
「◯学部◯回生のワタナベ君、おねがいします」
最初は女性の声で、保留した次を取ると、やはりワタナベ君へ、今度は男性からだった。
同級生が亡くなったらしい。
どの電話も、息が荒く動揺がこちらにも伝わってくる。
ワタナベ君を呼び出しても、いない。
「今、いないようなんです」と言い、名前と電話番号、折り返し電話をくれるように、のメモを何枚も残した。

不在時の連絡は私がメモに残し、それぞれ部屋宛ての郵便ポックスに入れておく。
戻ってきた寮生は、自分の部屋のボックスに、日に何度か手を突っ込んで、自分への連絡が来てないか確かめる。

ワタナベ君は、シャワーを浴びに地下の風呂場に行ってたようで、濡れた髪で階段を上がってきた。
「あっ」と思いながら、他の電話の対応に追われ、ワタナベ君が郵便ボックスに手を入れる姿だけを確認する。
ワタナベ君は「書くもの」を借りにきて、急いでフロアの公衆電話から電話をかけようとしている。

ワタナベ君と次に会ったのは、その1時間後だったか。朝の電話ラッシュが落ち着いた頃だった。
紺のスーツに着替え、髪も整えたワタナベ君が、受付に入って小さくお礼を言ってくれたように思う。今から友達の所へ向かうと言う。

窓の外だけを見ながら、友達が亡くなったと話す。同じゼミ生で、前夜、彼の運転する車で一緒に出掛け、自分だけ用事があって先に帰ったのだと言う。

「あのまま一緒にいたら自分も。」
「彼を事故に合わさずに、済んだかもしれない。」

ワタナベ君のきれいな横顔が止まって、無音になった。
「式はどこで?何時からはじまる?」
一瞬、そんなことを聞きそうになったけど、やめた。
私が、一緒に付いて歩ける訳ではない。

どのくらいの時間が経っただろう。
「さえんね」とだけ、私が小さく呟いた。
ワタナベ君が窓際からふっと視線をこちらに向けて、小さく笑った。
受付のドアの方へ、私の後ろを歩きながら「さえんね」と、ワタナベ君も口にした。

ワタナベ君は愛知県出身で「さえんね」は、広島弁だったかもしれない。通じたのかな。通じたんだと思う。
「行ってきます」と言う彼を、階段を降りてくワタナベ君を、私は受付の窓から見送った。

あの日も、今朝みたいに晴天の朝だった。

私は、ワタナベ君とのこのやりとりを残したくて、この連載をはじめたんだと思う。