8月8日
広島の街のあちこちに
夾竹桃が咲いています
この花の下に
私の祖母と伯父が眠ってること
会ったこともないので
こうして思い出すんです
伯父は学徒動員で、呉の家から広島市内に出ていたそうです。
原爆の日を境に帰って来なくて、伯父を探しに行った祖母は、二次被曝でその数ヶ月後に亡くなりました。
分かるのは、墓跡に刻まれた文字だけでした。
数年前に、平和公園の中にある原爆死没者名簿に、伯父の名前を見つけました。
生きてる証があってよかった。
サンカ手袋のお届け
どんぐり幼稚園のトンコ先生
昨日は、どんぐり山のトンコ先生の誕生日でした。
中学生の時のトンコ先生は、いつもクラスの真ん中で、ニコニコと笑う人気者。転校生の私には憧れの存在でした。
どんぐり幼稚園の先生になったトンコ先生に、私は再会できました。
どんぐり幼稚園は、とても自由な幼稚園です。
お弁当の時間も、机に椅子を並べて食べるのではなく、みんな自由に椅子を運び、椅子を机にして、好きなお友達と食べます。
お行儀が悪いことより、友達に痛い思いをさせてしまった時、先生は諭します。
小さな子を大切にできなかった時、先生は子供をギュッとして、いけないことと教えます。
そんなどんぐり幼稚園のトンコ先生に、私は会いに行きました。
その日は夏休み中の開放日で、少ない子供達が、園の中を遊んでいます。
少し寂しがりの男の子が、トンコ先生の姿を目で追い、探します。
トンコ先生は、私に言いました。
「あの子はわぁし(私)のことが好きなんよ。こんなおばちゃん先生なのに、好いてくれてうれしいよねぇ」
そうして男の子の後を追い、話しかけます。
トンコ先生は、年長さんの担任です。
自分の年長の頃を思い出すと、少し意外でした。
私は保育園だったけど、先生の後を追ったりしてただろうか?
年長の男の子だし、もっと大人びた印象を私は勝手に持っていました。
もしかしたら私は、病弱であった故に、母親や大人の関心をいつも寄せてもらっていたのかもしれません。
トンコ先生が、男の子に寄り添い、話しかける姿に、私は胸が熱くなりました。
トンコ先生は中学生の時のまま、スラリと伸びた脚で、立っています。
その横で男の子が、柱に登ってトンコ先生を見ています。
大人になったトンコ先生に、再び会えて私は本当に良かったと思いました。
ひつじちゃんforever
2020.8.3 今日のお届け。
昨年末「ゴフスタインと私」展
@readan_deat で頂いたオーダーを今も作ってます。
2008年の「HOLY’Sてぶくろ展」でも作ったこれは、その時から絵本作家ゴフスタインへのオマージュでした。
今期も、ブルッキーのひつじ』と並びました。
私の中のラブリーをめいいっぱい盛り込んだこの手袋、なぜかキチンとした大人の女性から、オーダーを頂きます。
自分の手の内に、小さな羊を飼ってるなんて、ちょっと楽しくありませんか?
HOLY’S手袋は、あなたの手の輪郭に合わせてお作りします。








