パンクと宝石

忘れた頃にやってくる。それが自転車のパンクである。
朝から決まった「今日のやることリスト」を終え、街から帰り、遅すぎる昼ごはんを食べていると、借りっぱなしだった本のことに気づく。旅前にお返ししておきたい。そんな気持ちがむくむくと立ち上がるといてもたってもいられなくなった。
借りた友人にLINEをして、今から返しに行く旨を連絡する。
走り出して、自分の自転車が完全にパンクしていると気づいた。
友人の家までは、歩く距離にしては遠すぎる。
パンクした自転車を無理やり漕いでポストに本を届け、さて馴染みの自転車屋さんの閉店時間を確認した。
広島市内の西から東へ、パンクした自転車をガシガシと漕いた。
自転車屋さんには、顔馴染みのはるちゃんがいる。ちょうどタイヤもあったので、自転車は預けることなく、その場で修理をしてもらえるとのこと。
慣れた手つきでパクパクとチューブとタイヤを外すはるちゃんと、近況などを話す。
今日のはるちゃんの装いは作業用だったけど、それでもらしくて、くつろいだ雰囲気ではるちゃんそのものが素敵だった。
私は、はるちゃんが作業する姿を写真に撮ってみたかったけれど、やめた。「写真撮っていい?」と聞けば、喜んで撮らせてくれることもわかっていたけれど、空気の流れが変わるようで、やめたんだ。
金曜の夕方とあって、駆け込みのお客さんもあり、慌ただしい。それでもまた作業に戻るとはるちゃんは、さっきと同じリズムで淡々と作業をこなしながら、心に浮かぶあれこれを言葉にして話してくれる。
この店の雰囲気が好きだ。
はるちゃんの手で整えられた棚には、その時々のはるちゃんのブームが見え隠れする。
閉店を少し過ぎた頃に、私の自転車は修理を終えた。今ではなくてはならない私の生活の1部。
店を仕舞うはるちゃんを少しだけ手伝って、一緒に店を出た。駅まで一緒に歩く。
これからのこと。新しく出会った人とのこと。
今、はるちゃんは友達のセーターも編むのだと言う。
駅前の歩道橋まで歩き、そこで手を振って別れる。私の旅が終わり帰ってきたら、また会う約束をする。
「気をつけて行ってきてください。この帰り道も気をつけて。」と、必ず忘れないはるちゃんの言葉が、じんと胸に染みる。
はるちゃんと別れて、解けた靴紐を結び直す。ふと宝石だと感じた。こんな時間が宝石なのだ。インスタ映えする写真がなくても、キラキラする時間は、こんなふうに訪れる。
昨日1日中、鼻水を垂らしてた人の活動量とは思えない今日をまた送ってしまった。汗をかくほど、そしてほぼ半日動き回ったので(しかもパンクした自転車でだ)すっかり風邪っ気は、抜けたようだ。
風邪が治ったのなら、体中の毒素の排泄もしたのかもしれない。旅を前にちょっとしたセンシティブモードに入っている。