刺激の多かった一日
料理人だった祖父の、実家に眠っていた包丁が今、自分には使い易くて、しかし柄がガクガクしてきた。
二度、近所の指物師おじさんに直して貰った。しかしまたしても動くようになってしまった。柄の中がすっかり傷んでいる。
包丁屋さんで、包丁直しもしてくれるところを探し訪ねたら、店主のおじさんが「この包丁はすでに瀕死。柄の中が折れてるから直せない」とのこと。
「鋼の包丁は折れやすいから、固い物を切ってはいけない」とも。
かぼちゃや人参。薄くてしなりがある刃なのが、入り易いのだ。
「そうですか」言い訳もできないので、お礼を言って立ち去ろうとすると、そばにいらした奥さんに、
「研ぎだけでもなさいますか?」とのこと。
「じゃあ、お願いします」と1時間後に受け取りに行った。
出された包丁が、
指物おじさんは、「黒くなるのは、鋼包丁の証」と言われていたけど、ピカピカに。
柄が?!
姿の変化に言葉が出てこなかった。
鋼包丁の柄は濡らしてはならないとのこと。
瀕死でも、せめて一色の包帯でいたわってはもらえなかったのか。
いや、これはサービスしてくださったのだ。
気を取り直して「お支払いは?」
「千両!」
笑えない。
おじさんも笑わない。
「千両、ですね」
「はい、千両!」
「テープまで、ありがとうございます」
今となれば登る階段から、「技術は宝!」「磨けば光る!」などの貼り紙や、
店内に古銭のお札があちこちにあり、収集のご趣味かと思ったらそれはすべてメモ帳で、
お札メモの真ん中に「連絡先を」と渡されたボールペンにはプラスティックのフライ返しが付いていて、
戸惑う趣に、それでも1時間前には面白がれていたのだけど。
びっくりお直しの包丁は、それでもちゃんと梱包してくださり。
穏やかでない。
店を出た階段では、先ほどの奥さんが郵便物を手にしながら、「ありがとうございます♪」と見送ってくださった。
ノーブラで。
包丁屋を出て放心してる道で、偶然友人とバッタリ会って救われた。
と思ったら、帰り道の目の前で玉突き事故を見てしまった。
約束してた用事の近所の友人宅に寄ったら、遠出のお土産を貰って再び救われるも、うちの郵便受けには、部屋の更新手続きのお知らせが入っており。
そもそも出かける時から、小雨は時期に止むだろうと合羽自転車で出かけたのが、終日雨は続いたのだ。
無事うちに着けたことは幸い、夢でうなされた後のような気持ちになった。
包丁のことはとりあえず保留、何かまた手があるかもしれない。
そう決めて夜まで仕事をした。
もう寝ようとするその直前に、
「政吉さん(まさきっつぁん)の包丁に何してくれる」と胸がざわつき、テープのネチャネチャがベッタリしないうちにとバリバリ剥がし、それでも付いたネチャネチャを「濡らしちゃダメ」を無視してワシワシ洗ってしまった。
テープの3色が、私にはどうしても受け付けられなかったんだ。
指物おじさんに聞いた「柄のところも軽く火で」炙って、眠る。
誰も悪くない。