洋服のことばかり
「あっ」と手に取った靴下一足買うだけで、日々の着回しが広がる気がします。
自分の中では目新しくて迷うけど、気に入った色なら尚更。
定番と違うからこそ、アクセントになり、助けられるし楽しくなる。
友達のお兄さんが古着屋で買ったチノパンを、 友達がもらい、さらに私にくれました。 もう20年か、継ぎを当てながら履いています。 古着屋で洋服を買うのが面白くて仕方なかったのは、私も同じでした。 「Military」のネームが気に入ってます。 生成りとベージュの杢糸で編んだタートルネックのセーターと。 色が褪せて、ほぼ同色となってます。 #holysknit #frasco_99 #nishiguchikutsushita #decho
きれいな編み目を作るには
今日の水曜編み物クラブより。

この頃ずっと考えています。
「どうしたら編み目を綺麗に揃えて、編むことができるか」
自分が無意識にやってることってなんだろう。
できれば左右の袖は大きさを揃え、
鹿の子編みは、編み目が緩まずふっくらと仕上げたいのです。
私も手を動かしながら考えました。
糸を持つ左手のピッチを緩めたり、
キツくするのは、どうやら的策ではなく、
編む右手の針をしっかり動かすことに尽きると思います。
人が意識的にしようとすることは、
結局、小手先でしかなく、長続きしません。
ムラが出るし、やり過ぎることも多々あります。
編む針をしっかり動かすよう癖にすれば、自然と目がきれいに揃ってくるようです。
均等に成れてきます。
そしてふっくらと。
目を詰めて編んでいても、キツいのと空気を含んでるのとは、違う気がします。
彼女のようなモヘア糸の時も。
ほら、針の先がよく出てるでしょう?


宮島での一日
宮島には友達が務める水族館があり、初めて足を伸ばしてみました。
たくさんの魚を、瀬戸内のあらゆる生態系を見ることができます。
照明の効いたクラゲや珊瑚礁を見るのも、想像的で興味は尽きませんでした。
でも、私はどうも人工的な環境が苦手なようで、お腹の底から楽しめません。
いつか千葉の幕張海浜公園で、プールの底を歩いてるような気になったことを思い出しました。
友達が、「海が見たい」私を連れてってくれたのです。
当時のアパートから一番近い場所でと考えてくれたのに、申し訳ない気持ちになったことを覚えています。
それでも、目を瞑りながら優雅に泳ぐアザラシやイルカを見ると、私はしばらくその流線型にうっとりし、
カワウソは元気に泳ぎ、ペンギンは列をなして歩きます。
昼も過ぎると、動かしてない手がむずむずして早く帰って編みたくなりました。
たった一日、数時間の出来事も、今日になるともう遠い過去で、
編んでも編んでも終わらないアランカーディガンや、カタカナさえ出すのに苦労するPCに、ジタバタする日々が続きます。
いつかいつか、私の名もなき先輩のような仕事がしたいと思います。

リトアニアの工芸
先週、宮島の「signal」という工芸や民藝と呼ばれる雑貨のお店に初めて行きました。
今、やっておられる「リトアニアの工芸」を見たかったからです。
一番は、リトアニアの人が編んだミトンが見たかったのです。
signalのホームページによると、
三角屋根の形は、末端からの冷えから守るため、先っぽに原毛を詰めるための形とのこと。
雪の日には、五本指の手袋より、ミトンが温かいこと。
編んだ後に縮絨するとのこと。
縮絨とは、熱いお湯と濃いめの石鹸水でグイグイ洗ってフェルト化させることです。
縮絨することによって、編み地が密になり風を通さなくなります。
本物を見ると、やはり目は詰んでいて、編み目自体は思っていたほど細かくはありませんでしたが、相当な詰まり具合でした。
合太くらいの糸でしょうか。
手首の縁周りには、ループ編みが施してあり、規格を崩さず手間を惜しまない仕事が、工芸と呼べる所以ではないでしょうか。
作り手のスタニスラヴァさんは既に他界されてるそうで、伝統工芸品の作り手であることの認定を受けた方だそうです。
もしかすると、このループは飾りだけじゃなく、服の袖口とミトンの隙間を埋め、温かさを逃さない役目にもなってるのではと思いました。
更に説明によると、リトアニアの人はミトンを神聖な存在と信じていて、
結婚の際には、花嫁が花婿とその家族のために編んで用意したとのこと。
スコットランドのセールブーミトンにも同じ習わしがありますし、
漁師達の家族が編んだセーターの温かさが、船上で命拾いになることと繋がってるとも思いました。
そういえば、岩手県出身の友人にミトンを作って欲しいと頼まれたことがあります。
自転車に乗るのなら5本指を進める私に、彼女は頑として「温かいから」とミトンを譲りませんでした。
私のは三角屋根ではなかっけれど、先が丸く集まった4本指の掌に、滑り止めのスウェードを貼り付けました。
ミトンに革を貼ったのは、後にも先にも彼女きりです。
そんなことを思い出しながら、松の根を加工し編まれた籠の存在感に感心し、七宝焼きのようなブローチに見惚れ、
中でも一番心惹かれたのはミツロウで出来たクリスマスオーナメントでした。
クリスマスの飾りがない訳じゃないけれど、どれももう子供っぽすぎて、
見る度に今の部屋には合わないと、出すのを躊躇うこの頃でした。
ミツロウ一色で出来たオーメントの淡い存在感が、うちにぴったりのような気がしましたし、近々会えるかもしれない友達にも、ひとつ分けてみたくなりました。

私がよその国の先輩が編んだものを見に行く時、実在しなくとも師匠に会いに行くような気分です。
見せてもらいますと、手に取ります。
私に先生はいないけど、そこここで工芸と呼ばれる仕事を見ることができます。
背筋が伸びる思いのしたものが、心に残り、いつか私の手から何かの形で再生されたらと思います。
signal(シグナル)での「リトアニアの工芸」は、12月24日(月)まで。
Now on knit
日の出から日没まで、自然光で仕事をします。
これは夕方の光。

Lichen 真麻の色で編んでるのは、メンズのカーディガン。
これを着られるのは、お年を召した男性です。
ブルーや淡いピンクのオックスフォードシャツと合わせられることと思います。
