HOLY'S BLOG

編み図と楽譜(林央子さんとのことvol.2)

今季も、たくさんの方に「働くセーター」。
そして「働くクルーネックベスト」の編み方リーフレットを手に取っていただいてます。ありがとうございます!
私の元へも届く「編みました」の便りは絶え間なく、日常着の定番に仲間入りのよろこびを感じています。
「働くクルーネックベスト」は、「働くセーター」出版後に思いつきました。
編み図ができて、編み方リーフレットの形にしてくれたのは、私の友人です。
正しくは、私の友達の旦那さんです。印刷物のデザインをしていて、事務所は、ちょっとした印刷工場になってます。
彼は、編み物をしない人です。彼の仕事のスタイルとして、まず私から、編み物をする人は、編み図をどんな風に使うか、長い長いリサーチがありました。
2人で、この編み図に何が必要かを考えていきました。
私がやってる編み物クラブで、働くセーターを編まれる方々を見てると、編み図のページを可能な限り、拡大コピーし、そのおひとりが編み終わった段を2色鉛筆で一段ごとに塗りつぶしておられました。
「いろいろやってみて、これが1番確実。」
増やす段、そのまま編む段と下から上に上がる編み図を読み進むのは、慣れない方にとっては、至難の技です。
「じゃ、編み方リーフレットにも、拡大コピーと色鉛筆付けよう」ということになりました。
編み図を保存しておくためのファイルと、編み図、拡大コピーと色鉛筆、
初の編み方リーフレットのリリースということで、HOLY’Sオリジナルのポストカードをプレゼントにつけました。
友達や、ホホホ座のスタッフさんがパッキングしてくれて、皆さんの元へ届いています。
この編み方リーフレットを「楽譜みたい」と言われたのは、エディターの林央子 さんです。(前回の、「林央子さんとのこと vol.1」は、こちらになります。)
林さんにこの編み図をお見せしたのは、今年の1月。林さんとのトーク配信の準備として、互いの発行物を交換させていただきました。
(トーク配信は来年1月27日まで見ることができます。→ignition garary
林さんは、この編み図を見て、
慌ただしい日常から束の間、この編み図に向かい編み物をする時間だけは、
まるで楽譜に向かって演奏する時のように、編む時間を「神聖な」ものとして、私が作っている、と捉えてくださいました。
私と、友人は、そんな、すごく良い意味に言っていただけてうれしいと、小躍りしてよろこびました。
楽譜と編み図。
林さんだけでなく、何度か「似てる」と言われたことがあります。
確かにそうです。
記号や、共通用語で、私も洋書の編み図を見ますし、楽譜も理解します。
本と同じように、紙に書かれた「記号」は、時代も国境も超えて、形なきものの「形」を私達に教えてくれます。
前にここにも書いたことがあるのですが、私は10代の終わりから20代にかけて、楽譜を清書する仕事をしていました。
楽譜浄書と言って、レタリングされた黒丸と白丸がクッキリと形作られた楽譜を、製図用のインクとカラスペンで5線から作り、膨らんだスラーを引き、符尾をスタンプで押すのです。その技法は、日本独自のものだそうです。
職人のオジサン達の補助的な仕事ですが、経験を重ねることで、私の仕事にも深みが増し、面白味は変わっていきました。
オジサン達の職人技には、目を見張り、尊敬していました。
作曲家から荒く書かれた原稿を読み解き、譜割を決め、より読みやすく、美しく、演奏しやすいように割り付けしていく仕事です。
ピアノ譜なら、ページを捲る左手の最後が「四分休符」に当たるよう、割り付ける必要がありますし、
使う音域の広いギター譜を一本の五線に配置し、ページを読みやすくするのは、経験だけがものを言います。
そこに審美感が加わり、黒と白の、空間と流れを作り出すのです。
私はその仕事を一生しても良いと思っていました。
一日中、例えば生誕記念のシューベルトの歌曲集に取り掛かっていると、読めもしないドイツ語でも、音の印象は感じられました。
IBMのタイプライターから、目線を外ずすと、五線の残像で、小さな工房の景色には、ボーダー柄が乗っかります。
夢の中にも「Ich」「Nein」が飛んでいました。
当時のヒット曲集、どんなに複雑な小室哲哉さんやミスチル桜井さんの楽曲でも(この場合、彼らの直筆を起こすわけではありません。バンド譜ですから、編曲者の先生の原稿が届くのです。)メロディの構成は、1カッコ、2カッコ、コーダ、ダルセーニョで、示しせるのです。
どんな楽器でも、和楽器にも教会カンタータでも、全ての曲に楽譜は存在していて、楽譜工房で作れない楽譜はありませんでした。
編み図も、同じです。
古いオーストリアの、アランパターンの元になったのではないかと思われる、複雑な交差模様も、今よりずっとシンプルな記号で書かれた編み図で読み解くことができますし、またそれを用いて新しくデザインを展開していくことができます。
楽譜を見ることも、編み図を読むことも、私自身には日常にあったので、意識的ではなかったものの、
それでもやはり、いにしえの作り手の方々と、紙の上で対話する、という行為は、何ものにも代え難い、特別なものがあります。
それが文字ではなく、ほぼ万国共通でありながら、その読み方を習得しなければ、読み解けない記号。
国語や英語に辞典があるように、楽譜にも楽譜辞典があり、編み物にも「編み物用語集」があります。
楽譜の仕事をしていた当時、恋人が演奏する人で「新しい楽譜を手にする時、インクの香りで出版社がわかる」と言っていて、私にはその感覚が手に取るようにわかりました。
全音楽出版のピアノ譜、シンコーミュージックのギター譜。教育芸術社の音楽の教科書。日本ショット社の現代音楽譜は、薬品っぽいちょっと刺激のある匂いがしました。私は今でもその表紙と共に、それぞれの新しい楽譜が放つ香りを思い出します。
恋人にとっては、新しい楽譜を手に取る時の、背筋の伸びるような思いが、私にとっては、無事出版に行き着いた安堵感です。彼にとっての巻末にある作曲家の顔写真が、私にとっては、通った出版社の編集者の顔になるのです。
もののデザインとは、付け足すものではなく、使う人の用途を考え尽くし、いらないものは省き、行き着いた先がデザインだと、私は思っています。これは、私の兄のような存在の、家具を作る友人が言った言葉でもあります。
その結実が、働くセーターになりました。
 
なので、「働くクルーネックベスト」の編み方リーフレットが楽譜のようだったのも、そうあらねばならなかったのです。
林さんの言われた「楽譜のよう」が嬉しかった訳を書くとこんなに長くなってしまいました。
とりとめのない思いに、誰が耳を傾けるというのでしょう。
林さんの一言で、自分に眠る意識に気付きました。
働くクルーネックベストの編み方リーフレットのお取り扱いは
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