サバイバル墓参り

修理から帰ってきたダナーライトの慣らし履きを兼ねて、墓参りに行ってきた。お彼岸は、雨に降られ、見送っているうちにタイミングを逃しており、9月中に滑り込みたかった。
涼しくも動きやすく、墓はどれも山の上にあるので、蚊の対策もしなければとなると、アーミーパンツしか選択肢がなく、スタイルだけはハードめになる。
おまけに今日は、カメラまで肩から下げた。

まずは最寄り駅から広島駅へ。
そこから呉線に乗り、吉浦駅まで。いわゆるローカル線。
吉浦の街は、地元のお祭り前で、賑やかで、いつもの道を見失いそうになった。

いつものスーパーで花を買おうとすると今日は、花を仕入れなかったそう。
別の花屋さんを教えてもらい、少し道を戻って、花を購入した。私が買った花は、10本で1500円。地元の花だそうで「持ちがいいよ」とのこと。
それをふたつ購入した。色違いで、オレンジに白のフの入った小菊と、ピンクに白のフの入った小菊。他にも桔梗を買いたかったが、余分なお金を持っていなかった。花屋のおばちゃんは、背中が曲がり、足元で花をまとめる。そっちの方がテーブルより余程近いのかもしれない。
おばちゃんの花屋があって、助かった。
いつもは、自分の地元で花を調達し、墓参りに行く。夏は朝早くに出るので店は開いてない。
今日は、お盆でもないので、吉浦のスーパーに花があると踏んでいた。
山の市営墓地へ向かう。

何がサバイバルかというと、本数の少ない呉線の乗り継ぎである。
本数が少ない上に、快速と各駅が混ざる。
昼の時間になるとさらに本数は少なくなる。吉浦から川原石への一駅となると、各駅停車しか乗れないので、時計を見ながら墓周りの草を抜く。
今日は、すっかり寂れた墓地の、うちの2つどなりの墓に、石屋と思われる親方と若者が座っているのだが、どうやら、さっきから親方の説教が続いている。
私が草抜きをしても一向に終わらないので、イヤホンで音楽を聴きながら、彼らの話に耳を塞ぎ作業をする。
結局、線香を備えて拝み、立ち去るまで、親方の説教は、終わらなかった。
次に乗る電車のきっかり20分前に墓から出発した駅に向かい、予定通り各駅停車で1つ駅分を乗る。
川原石駅から墓地へ向かう道は、いつも振り返り、海を見る。

川原石の駅から、墓地に向かう道は、車が通らない歩道の坂道が続く。途中、パトロール中のお巡りさんに会った。私を珍しそうに見るので「墓参りに行くんです」というと「上の??たいへんだあ。気をつけてください」と言われる。
呉の街に縁のある人なら、この車も通れない細い坂道には、馴染みがある。洗礼を受けている、とでも言えるであろう。
残念ながら、並ぶ家家は、かつての賑やかさを失いつつある。朽ちた瓦や塗り壁の立派な家が荒れていく一方だ。
川原石のお墓参りでも、帰りの1時間に1本の各駅を逃してはならぬと、時計を見ながら、墓の掃除をし、花を生け替え、線香を備えるのだ。
ここでは、なぜか昔から右隣り5基の墓に繋がりがあるらしく、うちにもいつもお花を入れてくださる。なので、私も生ける。きっと他の家がこのお彼岸に訪れてくださったであろう、花の水切りを5基分と、自分が持ってきた花を足す。
線香を備えるまでの5基分を、段取りよく動かないと、あっという間に時間が過ぎる。
帰りは坂を転がるように、駅まで小走りを続ける。
乗れた。
ここからはちょっとホッとタイム。タイミングよくLINEの連絡事項がこの時間に集中したので対応出来た。あっという間に呉市から海田市へと移動しており、持ってきたお弁当を電車の中で食べる。
広島駅から今度は、ホームの一番端9番線に移動し、芸備線に乗るのだ。ローカル線からローカル線への乗り換えである。
トイレのタイミングも、最近ではうまく使えるようになった。
広島駅で、トイレタイムが取れ、ここでも乗り換えが成功した。
芸備線も快速と各駅、さらに墓の最寄り駅は、各駅のみ。その上、手前までしか行かない電車もあるとなるので、一本を逃すと次は1時間後になる。
今日はラッキーな日であった。
駅からまた歩く。山を切り崩した道路の坂道をグーっと登る。人なんていない。団地へ入る車が行き交うだけ。

呉の街とは違い、ここはどこを向いても山である。
帰りは、バスになる。
これも1時間に2本。掃除してる間に、すぐに時間となった。
バスに乗るが、このバスが最寄りというわけではないので、降りたらまた歩く。橋を渡り家路に向かう。いつものスーパーに寄ると、俄然元気が出てきた。小さなみかんを買う。

無事帰宅。
今朝、8時過ぎに出発。帰ってきたのは17時前だった。
出発直後にカメラとヘッドフォンを忘れたことに気づき、戻り再出発ののち、花で手こずるも、その後は、珍しくスムーズに行った。ありがたい。
今日の歩数は14100歩だそう。