2020.07.26
捩花のこと
2週間以上前、書きかけて、忙しさに紛れた思いを再び。胸の中で何度も行き来するから。
捩花を教えてくれたのは、夜学の頃、昼間のバイト先「楽譜工房」の松田さんだった。
新宿は四谷、三栄保育園の周りにその花は咲いていて、お昼ご飯をコンビニへ買いに行く道すがら、松田さんが、「ほりちゃん、これは捩花、又の名を綟ずりというよ。筆のように見えるだろう?子供が文字を覚える時、最初は文字をなぞるでしょ。だからもじずりなんだよ」
松田さんから教わったことは沢山ある。
人の悪口を言わない。
不平不満を口にしない。
仕立てのいい上着は肩で着ること。
地図の上で世界旅行ができること。
うどんは冷凍、麺の腰で食べること。
出先では、自分から挨拶する。
本を読むことの素晴らしさ。
とてもきれいな納品請求書を書く人なのに、机から出した椅子を収めない人だった。
机の上は、山のように紙や本が詰んであり、その僅かな隙間で松田さんの描くスラーは、どこまでも伸びやかで美しく、五線の上に弧を描き、眺めるだけで、そのメロディが感じられるのだった。
時々、お酒臭い朝があって、指先は震えるのに、音符の横に押す♯は、必ず的を得てピタッと止まる。
小娘には、到底不思議で仕方なかった。
今ならもっと、松田さんから聞くお話を、おもしろく聞けたのに。
この土手で、捩花に気づいたのは、今年が初めて。
毎年、捩花を見る度に、松田さんを思い出し、誰のためにもならないことは口にすまいと、胸に刻み直すのだろう。
楽譜工房で学んだことは、数え上げればキリがない。